人工衛星を作るハードルが下がってきた

JAXAと三菱電機など33社、人工衛星コストをDXで半減へ

人工衛星の開発期間やコストをデジタル技術で半分以下にする取り組みが進む。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は民間33社と人工知能(AI)を生かす。アクセルスペース(東京・中央)は受注後1年での打ち上げを目指す。衛星打ち上げ需要が高まる中、国際競争力の強化につなげる。

宇宙ビジネスでは多数の小型衛星を一体で運用して通信や画像データ収集などのビジネスに活用する「コンステレーション」が急増している。

2024年7月23日 日本経済新聞

人工衛星の打ち上げも身近になってきました。CubeSatのような10cm四方の超小型衛星であれば、キットもあるので、個人でも作ることが可能になっています。もちろん、実際に打ち上げをするにはハードルがありますが、億単位のお金がかかるというイメージは過去のもので、資金的なハードルはかなり下がっています。

目次

人工衛星を作る目的

わざわざ高いお金をかけて宇宙に人工衛星を飛ばすのですから、何か目的があります。代表的なものは以下のとおりです。

  • 通信・放送衛星
  • 測位衛星
  • 観測衛星(気象、地球環境観測、太陽や宇宙観測など)

サイズの制限

人工衛星の大きさは打ち上げるロケットのサイズによって制限を受けます。人工衛星を大きくするほどいろいろな機器を搭載できるので多くのミッションを達成できますが、同時に費用も嵩みます。

そこで、最近は10cm四方の立方体型の超小型衛星、CubeSatが注目されています。これだけ小さいので、できるミッションはとても少ないですが、代わりにたくさん打ち上げることが可能になります。高価な人工衛星を1機打ち上げる代わりに、安価なたくさんの超小型衛星を打ち上げ、その超小型衛星を連携させることで多くのミッションを達成することができます。

Starlinkなど、とんでもない量の衛星を打ち上げ、地球の全面を覆っています。2024/7/24時点のStarLinkの分布ですが、ものすごい数です。

北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)CelestrakのTLEデータより描画

相乗りが基本

ロケット打ち上げはとても高価です。そのため、安価に打ち上げるためには、相乗りさせてもらうことが基本となります。日本で打ち上げる場合は、JAXAの公募に応募して、審査を受ける必要があるので、必ず打ち上げられる保証はありません。でも無料なので、公募に挑戦する価値はあります。

相乗りの欠点は、軌道を選べないことです。

例えば、もし地上の写真を詳細に撮影したければ、高度が低い方が有利です。でも、飛ばす予定のロケットがもっと高いところまで行くとなると、目的地と違ってしまいます。

特に、超小型衛星の場合には、スペースの制約から推進装置を搭載するのは非常に困難です。そのため、どの軌道に飛ばすロケットなのかを吟味する必要があります。ロケットであればどれでも良いわけではありません。

無線局免許の取得が大変

人工衛星を飛ばすだけでは意味がありません。飛ばした衛星から目的としたデータを得て初めてミッションが達成となります。そのためには、衛星と地上との通信が不可欠となります。となると、無線の免許が必要となります。

無線局を開設し運用するためには、無線従事者が必要となります。

地球局を運用するために必要な無線従事者は、例えば、多重通信を行う500W(ごひゃくワット)の地球局であれば、第1級陸上無線技術士、第2級陸上無線技術士又は第1級陸上特殊無線技士の資格者が必要となり、免許人若しくは契約等により排他的に無線従事者が確保されていることが必要です。

ただし、VSAT地球局など他の無線局の無線従事者に管理されている無線局は、無資格であっても無線局の無線設備の操作を行うことができます。

総務省 電波利用ホームページより

なお、アマチュア衛星の場合には、第3級アマチュア無線技士以上が必要となります。

また、実際に人工衛星を飛ばすとなると、人工衛星局と地球局の無線局免許が必要となります。この無線局免許の取得が大変なのです。

外国の人工衛星を経由する地球局の場合は、日本主管庁との間で、国際調整が完了しているかどうかについて事前に確認が必要となります。日本領域での利用が合意されていないケースや国際調整が継続中など周波数等に係る調整状況によっては、無線局の開設ができない場合があります。

ただし、日本で免許を取得している人工衛星局を利用する場合は、当該人工衛星局の免許の範囲内ではこれらの確認は既(わ・すで)になされていることから、通常の無線局免許手続を行ってください。

総務省 電波利用ホームページより

実際には、この電波の周波数の割り当ての手続きが大変らしいです。数年はかかるものと思っておいた方がよいそうです。というのも、他の衛星と同じ周波数を使ってしまうと、混線してしまい、通信に障害が出てしまうからです。したがって、すでに打ち上げらているすべての衛星に悪影響を及ぼさないことを保証しなければなりません。これはとてつもない作業です。すでにかなりの数の衛星が打ち上げられ、またどんどん新規に打ち上げられています。使える周波数には限りがありますから、空いている周波数がどんどんなくなっていく状況です。

そのため、打ち上げ予定が決まっているのであれば、できるだけ早く手続きを開始すべきでしょう。

このような面倒を避けるのであれば、あえて電波を使わずに光通信という方法もありです。ただし光通信では、晴れの日にしか通信ができない、という弱点があります。

もう一つの方法としては、最近主流のコンステレーションがあります。一台の衛星で完結させるのではなく、複数の衛星を連携させて運用します。この方法であれば、1台を地上との連絡係にし、他の衛星はこの衛星と光通信をすれば周波数割り当てはこの連絡係だけが取れば済みます。宇宙空間では遮るものがありませんから、光通信で問題ありません。もっとも、この方法の弱点は、連絡係の衛星が故障したらすべての衛星が地上との交信ができなくなるということです。そのためのバックアップは考えておく必要があります。

ちなみに、アマチュア無線帯を使う場合には、アマチュア業務に限定されます。ということは通信内容を秘匿できず、誰でも受信できるようにしておかなければなりません。また、商用利用も不可です。このような制約がありますので、どの無線帯を使うかの選定も重要となります。

海外で打ち上げる際の注意点

海外で打ち上げるとなると、輸出の問題が発生します。人工衛星に使う部品の中には、軍事用に使うことができるものが多数あります。したがって、輸出許可の取得と税関での手続きが必要になります。

たまに不正輸出としてニュースになることがありますが、そういったことが生じないようにしましょう。

面倒な放出機構

人工衛星はロケットに搭載して、宇宙まで運ぶわけですが、宇宙に到達したらロケットから放出しなければなりません。そのための放出機構をすべての人工衛星は備えておく必要があります。たった一度しか使いませんが、うまく放出できなければロケットと道連れになってしまいますので、確実に放出する機構が求められます。

また、ロケットの中は狭いですので、多くの人工衛星は太陽電池パネルなど折りたたんでおき、放出された段階で広げる方式を取っています。したがって、収納時に誤って広がらないように、また放出後に確実に広がるようにしておく必要があります。また、広げる方法として安全面から火工品は厳しく審査されます。

人工衛星の構造

人工衛星の基本構造はほぼ同じです。どの人工衛星にも必ずある「バス部」と本来やりたい目的を達成するための「ミッション部」から構成されています。

「バス部」は衛星の躯体、電源(太陽電池、バッテリー)、通信装置など、どの衛星でも必要となるものです。この部分を共通化することで人工衛星の開発費が下がってきています。最も重要なものは電源です。電気がなければ何もできません。消費電力と太陽電池パネルの発電量のバランス、バッテリーの能力などを総合的に考えて設計します。

「ミッション部」は、さまざまです。宇宙の観測をしたいのであれば望遠鏡を搭載するでしょうし、気象などの観測をするのであればカメラなどを搭載するでしょう。

ちなみに超小型衛星CubeSatの場合は、キットが売られていますので、一から開発しなくてもある程度のことはできてしまいます。このように、人工衛星がコモディティ化すると価格が下がってくるので、大変ありがたいです。

なお、設計にあたっては、「組み立てることができるか」という点を忘れがちです。設計図を書いて、その通りに部材を揃えたが、いざ組み立てようとしたらドライバーなどの工具が入らない、といったことが起きることがあります。完成形だけでなく、組み立て段階も考えて設計することが大切です。

宇宙空間は地上とは環境が大きく違う

宇宙空間は当然地上とは環境が著しく異なります。したがって、まさかそんなことになるとは、ということが起こります。

高エネルギーの宇宙線による劣化やエラー

高エネルギーの宇宙線が飛び回っていて、ダイレクトにぶつかってきますので、部品などが劣化したり、データが破損したりします(トータルドーズ効果、シングルイベント効果)。地上でも紫外線でボロボロになるということがありますが、それより激しいことが起こります。そのため、性能の良い民生品であっても、宇宙で使うときには注意して使う必要があり、メーカーによっては宇宙での使用を認めていないところもあります。

熱の問題

宇宙には空気がありませんから、熱が対流しません。すると、ある部分だけがどんどん高温になったり低温になるなど偏ってしまい、別途ヒーターや冷却機構が必要になる、ということがあります。

また、電子機器やバッテリーは温度の影響を受けます。宇宙空間では極低温になったり、高温になったりします。

思わぬガスの発生

真空状態では、あらゆる部品からガスが発生して他の部材に悪影響を及ぼすおそれがあります。そのため、あらかじめ地上でガス抜きをしておく必要があります。

摩擦の問題

金属同士が触れ合うと摩擦の状態が地上とは異なり、ガッチリと固着してしまうことがあります(真空固着)。また、地上ではコマなどを回転させてもいずれ止まりますが、宇宙空間では回り続けます。特定の位置を観測する際には、姿勢制御が重要となりますので、工夫が必要です。

宇宙に行くまでに壊れないように

ロケットで打ち上げる際には、重力に逆らうわけですから、凄まじい推進力が必要となります。その振動や衝撃力によって壊れないように設計する必要があります。

このあたりは、たくさんの知見がありますので、開発するのであれば、先人の失敗は知っておくべきでしょう。無用な失敗をしなくて済みます。

故障したら基本的には何もできない。

人工衛星は打ち上げてしまうと、故障が生じても回収して修理する、ということができません。そのため、地上でできる限りのことはしておく必要があります。それでも故障が生じることがあるので、2重、3重の冗長性を備えておく周到さも必要です。

打ち上げた後の運用も大変

人工衛星は打ち上げただけで終わりではなく、むしろそこからがスタートです。

人工衛星からのデータを受信してそれを活用していくことになります。そのデータを受信するにあたっては、アンテナの制御などが必要になります。というのも、人工衛星は動いていますので、人工衛星の位置を追跡しなければなりません。また、救急車などが通ると音が変わるドップラー効果が生じますが、人工衛星の送受信でもそれが起きます。ドップラー効果を正しく補正しないと正しく送受信ができません。

これら一連の操作ができる装置を整備する必要があります。

なお、軌道によっては、人工衛星がすぐに通り過ぎてしまうことがあります。そうなると、データの交信時間も限られてしまいます。1時間しか交信できないのに、データの送受信に2時間も3時間もかかるようでは、計画は破綻してしまいます。

スペースデブリの問題

スペースデブリが問題になっています。故障したり運用を終えた人工衛星や破壊して破片になったゴミが宇宙を永遠にさまようと、他の人工衛星や宇宙ステーションに衝突したりする危険があります。衝突によって新たなゴミが増え、宇宙空間がゴミだらけになってしまい、衛星を打ち上げられなくなってしまいます。

そこで、新しく打ち上げる人工衛星は、デブリにならないように、運用を終えたら25年以内に軌道を離脱させる、という国際的な取り決めがなされました。

CubeSatのような超小型衛星の場合には、地球に落下させ、大気圏での摩擦熱で燃やし尽くすことがベストな方法となります。

目次