ニデックがタコ足配当

ニデック(旧日本電産)が2022年9月期の中間配当で、分配可能額を超えて配当をしてしまったそうです。(単なるミスだと思いますが、違法行為なので洒落になりません)

財源がないにも関わらず外部に配当をすれば資産を食い潰していくことになるので、タコが自分の足を食べるのになぞらえて、タコ足配当と呼ばれたりします。

配当可能額は、会社計算規則で厳密に計算式で定められています。一見するとややこしいのですが、計算式に当てはめていけばよいので、根気よく当てはめていけば計算できますし(できなければ困ります)、定期的に配当をしているのであれば、エクセルなどでシステム化しているはずです。

いずれにせよ、確認しないはずがないので、単純に考えると起きそうにないミスに思えます。

経理担当が頻繁に辞めていて、ガタガタなのかと内部事情が気になります。

日経新聞によると、2022年9月1日から23年3月31日までに実施した自社株買いも同時に行っていたことが問題とのことですが、9月8日のリリースで9月1日から7日までの取得金額がわかっています。その後は2023年2月に再開するまで自社株買いをしていないので、9月末まで時間的な余裕はあり、これはあまり言い訳にならないと思います。

もっとも、中間配当の前に実施したこの自社株買い自体が違法だったようなので、監査法人側としては、事前相談を受けていない限り、この点については監査法人に非はないように思います。ただし、中間監査の時点で気付くチャンスがあったように思いますし、中間配当額についても四半期報告書にも記載していますので、監査法人が指摘しなかった点は責められる可能性はあります(必ず責任を負うわけではない)。

この点について、会社(わたしは会社という曖昧な言い方は嫌いです。必ず誰かの意思が働いているから)の対応には問題があります。前社長が交代させられた時にも、前社長を悪者扱いにするなど、もともと、この会社に良い印象はないのですが、

その後の調査において、2022 年 9 月 1 日以降 2023 年 3 月 31 日までに信託契約に基づき信託銀行が実施した当社株式の取得についても分配可能額を超過していたこと、当社の会計監査人であるPwC 京都監査法人も分配可能額の超過を、見落としにより、指摘できていなかったことが判明しました。

分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について(2023/6/2リリース)

とリリースされているように、さも、信託銀行と監査法人の責任であるかのような書き振りはいかがなものかと思います。

ミスをしたのはあくまで会社です。しかも中間配当を実施する前の自己株取得自体が違法だったという点についても信託銀行と監査法人のせいだと言わんばかりで、他者に責任をなすりつけようと読める内容には不快感を感じます。

今後の外部調査委員会が公平中立な立場で調査をしてもらいたいものですね。

ニデックのリリースの前に、PwCあらた監査法人とPwC京都監査法人の経営統合のニュースがありました。この件が絡んでいるのだとは思います。PwC京都監査法人としてはこれから訴訟や顧客離れがあるかもしれません。

ただし、現段階では、PwC京都監査法人としては、監査基準に準拠してきちんと仕事をしていた可能性も否定できず、「結果としてシロだった」「全面的にニデックが悪かった」となる可能性があります。しかし、イメージが悪くなりますし、訴訟に時間や費用がかかってしまいますので、経営的に厳しくなってしまうと思われます。

調査前にこのようなリリースを出すニデックは、どのようなルールで監査が行われているのかを知らず、図体の割に株式市場のことを知らない会社であることを自ら認めてしまっているとも言え、外部調査委員会が結論を出すまでは不用意にこのようなコメントを出すべきではなかったと思います。これもこの会社の個性なのでしょう。

目次

会社の責任がもっとも重い

自社株買いについては会社の責任でしょう

まず、9月中に実施した自社株買いは、ほぼ100%会社の責任でしょう。信託銀行も監査法人が相談を受けるということはあまりないのではないかと思います。日々の取引を監査法人のお伺いを立てながら行うということがないのと同じです。

よほどイレギュラーで会社も監査法人と擦り合わせておかないと、あとでひっくり返されたら困るものについては事前相談を受けることはありますが、滅多にありませんし、監査法人も当然慎重に対応しますので、この場合は事前相談はなかったと考えるのが自然です。

信託銀行も、会社の配当可能限度額を計算することまで請け負っていたのか疑問です。証券会社が、その人がインサイダー情報を得ているか、本人が申告していない限りわからないのと同じように、信託銀行も指示通りに発注しただけだと思います。

中間配当と自己株買いの監査は適切だったのか

まず、財務書類の作成をした会社が責任を負うのは当然です。自己株買いの違法性や中間配当の違法決議が発覚すれば、当然内部統制報告に問題ありとなるでしょう。

もっとも、このような自社株買いや配当額の決定は役員クラスで決まっていることが多いので、いまさら変えられない、という空気が蔓延していることが多いです。

経理の担当は気付いていたのでしょうか。気付いていたけれども言えなかったのか。その辺りが気になります。自社株買いを実施してしまってから、実は違法でした、と言ったらクビが飛ぶだけでは済みませんから、生きた心地がしなかったと心中を察します。

役員クラスで決まっている配当額をタコ足配当だと指摘すると、必然的にすでに実施してしまった自社株買いが違法だったことを報告しなければならず、だったら気付かなかったことにしよう、というようなミスの誤魔化しの連鎖は、あちこちの会社で起きていることです。(もちろん、この会社でそうだったかはわかりませんが、一般論として。)

自社株買いは9月7日で終わっているのですから、自社株買いと中間配当が入り乱れて混乱して中間配当の配当可能額を計算を間違えたというのはちょっと考えづらいです。発端は自社株買いのミスではなかったかと推測します。

だとしても、監査法人側にも非がまったくないとはいえません。「事後になってしまいますが、あの自社株買いは違法でした」と指摘すべき事案だったかもしれません。さらに第2四半期報告書で中間配当額について記載をしているのですから、配当可能額についても当然監査の対象です。しかし、ここで問題になってくるのが重要性の基準値という概念です。

監査では重要性の基準値という基準があり、基本的にあまりに細かい数字はチェックすらしません。ここが税額を計算する税理士との大きな違いのひとつです。

これがしばしば会社の認識と監査法人の認識で食い違うところで、なぜあのミスを見つけてくれなかったのか、ミスを見つけるのが監査人の仕事ではないか、と責められることがしばしばあります。しかし、公認会計士の仕事は会社のミスを発見することではなく、投資家の意思決定に重要な影響を与える不正やミスがないことにお墨付きを与えることなのです。

これがわかっていない経営者が多いため、しばしばトラブルになります。特に、大企業で数億円もの大金を従業員の横領したといったニュースが時々流れます。すると、監査法人は何をしていた、と怒る経営者がいますが、これはナンセンスです。大企業ともなれば、数億円など微々たる金額になりますので、そもそもチェック対象にすらなりません。

あくまで横領する機会を与えた会社の責任であって、見付けられなかった監査人の責任ではないのです。

これがわかっていないのであれば、上場してはいけません。交通ルールがわかっていないのに、車を運転するのと同じです。

投資判断に影響を与えるか、という観点で監査しますので、ある金額でバッサリと切り捨ててしまいます。なので、その基準値以下の取引は基本的に見ません。

この重要性の基準値は会社の規模によって変わってきます。ニデックのような巨大企業の場合には、数十億円ですら微々たる金額になるでしょう。1万円しか持っていない人にとっての5千円は貴重ですが、1億円持っている人にとっての5千円は気にもしない金額であるのと同じ理屈です。

PwC京都監査法人は、「必要と認められた場合に実施するものであり、常に求められているものではない」とコメントしていますが、これは重要性の基準値のことを言っていると思います。そうであれば、監査基準に準拠してきちんと仕事をしたということになりますので、監査法人に責任はないことになります。

ここで、ざっくりと決算報告書から分析してみたいと思います。

2022.3.31(連結)2022.3.31(単体)2022.9.30(連結)
売上高(百万円)1,918,174198,1271,130,767
税引前利益(百万円)171,14547,678118,375
ニデック 有価証券報告書、四半期報告書より

中間配当は第2四半期の決算をもとに行われますが、開示書類では連結のみのなります。つまり、連結ベースの数字が基準になります。売上高は1兆1,307億円、税引前利益は1,183億円ですので、中間配当201億円が果たして大きい金額と言えるか、にかかっています。

昨年度の単体ベースの年間の数字を見ると、売上規模では10分の1になってしまいます。利益も476億円ですので、もしかすると、この時期にリリースしたということは、年度決算で単体監査を行う段階で、重要性の観点から改めて監査を実施したところ、中間決算の間違いに気付いた、あるいは、今年度の自己株買い付け枠の設定で、改めて計算し直したらミスが発覚した、という流れかもしれません(2023.3月期の単体開示はまだ)。

当社は、2022 年 10 月 24 日開催の取締役会において、一株当たり 35 円の配当(以下「本件中間配当」といいます。)を行うことを決議し実施しましたが、今般、2023 年 3 月期の分配可能額の精査を行う過程において、本件中間配当は、結果として会社法および会社計算規則により算定した分配可能額を超過していたことが判明しました。

分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について(2023/6/2リリース)

自社株買いについては、前半ではほぼ毎日のように実施されていました。

取得月取得金額(百万円)
2022.44,241
2022.515,756
2022.614,355
2022.78,465
2022.81,162
2022.92,689
自己株券買付状況報告書より

9月までの累計では46,672百万円にのぼります。466億円ですから、中間配当額よりも大きいですね。

こうなってくると、自己株式の取得額と中間配当額のトータルでみても、667億円になりますから、中間ベースで見ても、看過できない金額かなと感じます。もちろん、現場の判断がありますから、断定はできません。開示書類から判断すると、無視できない気がします。

監査法人としては、おそらく、取締役会決議の数字を確認しただけで、まさか会社が間違っていることはないだろう、とスルーしてしまったのではないかと推測します。

自社株買いにしても、数字だけをチェックしていたのだと思います。これはちょっと同情する点もあります。初めての取引ではなく、ほぼ毎日のように実施している取引だったので、会社もルーチン化していたと思います。これが属人化してい他とは考えられません。それでは内部統制監査で問題ありとなるので、相応の手続きがあったはずです。なので、監査法人としても、まさか、と思ったに違いありません。

でも、そのまさかが発生することがあるから恐ろしいのです。わたしもヒヤッとしたことは何度もあります。

会社を信頼することも大切なのですが、信頼しすぎては監査になりません。警察が容疑者の言うことを鵜呑みにしないのと同じように、相手が不正をしている、ミスしているかもしれないと疑うのが監査という仕事なので、出てきた数字をただ確認するだけでは、ただの文書をチェックする人なってしまいます。

もちろん、大部分の会社の担当の方は、誠実で真面目です(特に日本人は)。しかし、自分の立場が危うい、クビになるかもしれない、という場面で果たして誠実でいられるかというと、それは難しいのではないかと思います。監査人も人間なので情が働くこともあります。

なので、馴れ合いをなくそうと、ローテーションを組んだり、定期的に国のチェックが入ったりと、制度が改善されているのですが、それでもミスは起きてしまいます。

このような、定型的な取引のチェックはAIがもっとも得意とするところなので、監査もAIを導入すべきなのでしょうね。

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