わたしはさまざまなクラシック音楽をオルゴール化しています(公開しているアルバムは現時点で120枚超)。
わたしがオルゴール化しているクラシック音楽は、すべて著作権の切れたもの(PD:パブリックドメイン)ですが、この著作権が切れているかどうかを調べるのにいつも苦労しています。注意すべき事項がたくさんありますので、それを備忘として残しておきたいと思います。
オルゴールにしたい名曲がPDには豊富にありますので、まずは無料で気軽に使えるPDから使わせていただいています。
ところが、うっかりすると、実はPDではないということが起こりうるので、実際に作業に入る時にはきちんとチェックすることにしています。
また、今はネットで配信することが一般的なので、日本国内だけでなく、海外の著作権制度についても調べておく必要がありますので、注意が必要です。これを失念されている方は多いと思います。日本では著作権が切れていても、海外では生きているというパターンが意外に多いです。
日本では、著作権は甘く見られている節がありますが、甘く見ていると大変なことになる場合があります。最近は、ようやく日本でも知的財産権が注目され始めていますが、著作権についてはまだまだな感じがします。これに対して、アメリカでは、頻繁に法律を変更して著作権保護の延長を続けています。また、音楽に関しては、日本では馴染みのない「シンクロ権」なるものも存在します。
ここでは、クラシック音楽に焦点を絞って著作権の問題を取り扱いたいと思います。これだけでも注意点がかなりあります。というのも、クラシック音楽は古いものが多いので、著作権が切れている(PD:パブリックドメイン)ものが多いのは事実ですが、すべてではないからです。
よく耳にするクラシック音楽でも、作者が最近まで存命だったとか、有名なものが実はオリジナルではない、ということがあります。
著作権は特許権や商標権のように登録して権利が得られるものではないため、切れているかどうかはすぐにはわかりません。そのため、使う時には必ず本当にPDなのかを自分で確かめる必要があります。
知らずに使っていると、あとでトラブルに巻き込まれかねません。タダで使えると思ったら、かえって高くついた、ということがあり得ます。
著作権の保護期間の基本は死後70年
著作権は作曲家の死後70年で切れるというのが基本です。この保護期間は変遷があり、日本では、以前は死後50年でしたが、TPPに加盟した関係から、2018年12月30日からは保護期間が死後70年に延長されています。ただし、2018年12月30日より以前に著作権が切れたものについては、復活しませんので切れたままになります。
例えば、「フィンランディア」で有名なシベリウスは1957年に亡くなっていますので、日本では2008年に解禁されています。しかし、海外では保護期間が70年ですので、2028年まで待つ必要があります。日本国内だけで演奏するなら問題ありませんが、全世界に配信するのはリスクがありますので、注意が必要です。
この保護期間は国によってまちまちですが、70年と考えておけば問題はないと思います。というのも、70年を超える国は限られており、特にクラシック音楽の場合は、これらの国は考える必要がほとんどないためです。
保護期間 | 国 |
---|---|
死後100年 | メキシコ |
死後99年 | コートジボワール |
死後80年 | コロンビア |
死後75年 | グアテマラ、ホンジュラス |
クラシック音楽の場合、考慮すべき国は、欧米が中心になります。アメリカ、ロシア(ソ連)、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ベルギー、ハンガリー、デンマーク、スペイン、オランダを押さえておけば、ほとんどの曲がカバーできると思います。
アメリカは要注意
著作権に関してはアメリカはかなり特殊です。作曲家の死後70年経っているので安心だと思ったらとんでもない間違いを犯します。
1998年の改正で、1923年から1977年の間に発行された著作物には95年の保護期間が与えられています。いわゆるミッキーマウス保護法と言われるものです。このディズニー社のミッキーマウスを保護するために、音楽関係までとんだとばっちりを受けることになります。
例えば、ラフマニノフ。彼はロシア人ですが、アメリカの市民権を得ていますので、アメリカの著作権法が適用されます。彼は1943年3月28日に亡くなっていますので、原則として2014年にPDになるはずです(亡くなった翌年から起算)。ところが、有名な「パガニーニの主題による狂詩曲」は1934年に作曲されていますので、95年間保護されることになります。つまり、2029年までは自由には使えないことになります。これに対して、「ピアノ協奏曲第2番」は1901年、「ピアノ協奏曲第3番」は1909年の作曲なので、これらは問題なく使えます。
この辺りがややこしく、いつ発表されたのかまで調べないと安心できません。
厄介な戦時加算
日本での著作権では非常に厄介な問題があります。それが戦時加算と呼ばれるもので、戦争に負けたペナルティが今でも課されています。
戦後処理はまだ終わっていません。音楽制作に関わるようになって、特にそれを強く感じるようになりました。
簡単に言うと、第2次世界大戦中に日本では外国の著作権を守っていなかったのだから、守っていなかった期間分、保護期間を延長せよ、というものです。戦争中はお互い様(だったら、相手国も日本人の著作権の保護期間を延長すべき)という感じがしなくもないですが、日本だけに与えられたペナルティとして機能しています(ちなみに、枢軸国だったイタリアやドイツは戦時加算の適用がないので、なんで日本だけ?という不公平感は拭えません)。
サンフランシスコ平和条約を批准した連合国およびその連合国民が、 1941年12月7日(日本が参戦した日の前日)に著作権を有していたものは、以下の日数が加算されます(1941年12月8日(日本が参戦した日)以降は、平和条約発効日の前日まで日数が減っていく)。
戦時加算日数 | 主要な国 |
---|---|
3794日 | アメリカ、イギリス、フランス |
3910日 | ベルギー |
3844日 | オランダ |
3846日 | ノルウェー |
この戦時加算はアメリカの著作権以上に厄介です。
先ほどの、ラフマニノフで検討してみます。「ピアノ協奏曲第2番」は1901年の作曲なので、この戦時加算の適用対象となります。戦時加算は日本国内での著作権を考慮しますので、ラフマニノフが亡くなった1943年の翌年から50年後は1994年になります(日本が死後70年になったのは2018年なので、2018年以前は死後50年で考えればよい)。これに、3794日が加算されますので、約11年後としても、2005年の解禁となります。この時点では日本はまだ改正前ですので、日本ではPDとして扱ってもよいことになります。
これに対して、「火の鳥」(1910年作)、「春の祭典」(1913年作)で有名なストラヴィンスキーは、1930年代にフランスに国籍を得、1945年にはアメリカの市民権を得ていますので、戦時加算の適用を受けます。亡くなったのが1971年ですので、死後50年は2022年になりますので、改正後の保護期間が適用となり、原則として70年後の2042年まで待つことになります。ところが、これに戦時加算が追加され、2042年のさらに約11年後の2053年にならないと解禁とはなりません。
第2次世界大戦が終わってから100年以上経過しても、敗戦のペナルティが続くことになります。
この戦時加算の問題はこれだけではありません。著名な作曲家ならいつ発表されたのかがわかりますが、そうではない作曲家についてはいつ発表になったのかがわからないものもあります。わたしの場合は、そこまでマニアックな曲は扱わないので、そのような問題には直面しませんが、連合国の作曲家を扱う場合には、より慎重な対応が必要です。国籍と死亡年月日、発行年月日など、調べることがたくさんあります。
ちなみに、文章の場合は、そもそも誰が書いたものなのかから始まることもあるようなので、さらに大変なようです。
編曲とカデンツァ
ヨハン・セバスチャン・バッハ(J.S.Bach、1750年没)、モーツァルト(Mozart、1791年没)、ベートーヴェン(Beethoven、1827年没)、ショパン(Chopin、1849年没)、チャイコフスキー(Tchaikovsky、1893年没)、ブラームス(Brahms、1897年没)など、多くの著名な作曲家は100年以上も前に亡くなっているので、著作権について心配する必要がなさそうに見えます。
ところがいくつかの落とし穴があります。それが、編曲とカデンツァです。
編曲
オリジナルがPDでも、そのPDを元に編曲した場合には、その編曲した曲にも独自の著作権が発生します。
例えば、バッハの有名な「主よ人の望みの喜びよ」ですが、これが有名になったのは、イギリスのマイラ・ヘス(Dame Myra Hess)がピアノに編曲して演奏したからです。原曲はカンタータBWV147番の終曲のコラールなので、このオリジナルを使っていれば問題ありませんが、マイラ・ヘスのバージョンを自由に使うことはできません。マイラ・ヘスは1965年に亡くなっていますので、死後50年だと2016年になります。これに戦時加算が課されますので、約11年加算となり、2027年までとなるはずです。しかし、2018年改正の時点ではPDではありませんので、死後50年から死後70年に延長されてしまい、なんと2047年まで保護されることになってしまいます。戦時加算の厄介さがわかると思います。
他にも、有名な曲が実はオリジナルではない、ということもあります。代表的なのが、チャイコフスキーの「白鳥の湖」です。原曲の楽譜を入手するとわかりますが、今日よく耳にする曲とはかなり違います。
「白鳥の湖」にはたくさんの改訂版があり、中でもよく耳にするのが「プティパ・イワノフ」版です(マリウス・プティパは1910年没、レフ・イワノフは1901年没なので、PD)。「プティパ・イワノフ」版では「5b Pas de deux」や「13e Pas d’action」の終盤にはかなり手が加えられています。PDとなった楽譜を手に入れても、この改訂箇所の楽譜が見つからず、仕方がないので、耳コピしながら苦労して再現しました。
カデンツァ
ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲の場合、曲の途中で、ピアノやヴァイオリンが独奏する箇所があります。ピアニストやヴァイオリニストの独壇場で、技巧を表現する格好の場となります。
このカデンツァは即興で行うことが基本となるので、楽譜には書かれていないこともあります。ベートーヴェンのように、作曲家自身が書いてくれている場合はよいのですが、そうでない場合は、自分で即興で演奏するか、過去に演奏した人のものを借用するしかありません。
当然ながら、このカデンツァにも著作権が発生します。そのため、モーツァルトやベートーヴェン、ブラームスなどの協奏曲を扱う時には注意が必要になります。
先日も、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を作成しているときに困ってしまいました。とても美しい曲なので、ぜひオルゴールにしたかったのですが、オーソドックスなカデンツァはサム・フランコによるものです。
サム・フランコはアメリカのヴァイオリニストで、1937年没です。戦時加算を考慮してもPDになっていると思われるのですが、楽譜を見ると、1940年となっているので、ミッキーマウス保護法の95年の縛りを受ける期間に入っています。いろいろ調べましたが、著作権が切れているかどうか確かめることができませんでした。imslpでは「Non-PD US」とありますので、使用を避けるのが無難です。そのため、今回はアウアー版(ハンガリーの著名なヴァイオリニスト。1930年没。チャイコフスキーがヴァイオリン協奏曲を献呈しようとしたことでも有名です。ハンガリーは戦時加算の必要がありませんので、問題なくPD)を採用しました。ヨアヒム版もあるらしいのですが、幻のカデンツァらしいです。
これ以外にも、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でのクライスラーのカデンツァなども要注意です。